カリキュラムやキャリアを計算でデザインする
2010年7月20日
今回から数回にわたって、筆者が大学時代に行っていた研究[1,2,3]について紹介します。筆者のバックグラウンドを形成する専門領域を紹介することで、一人企業のコンセプトがどのようにして形成されてきたのかを明らかにしていきます。今回は、研究の背景について紹介します。
個人のキャリアを取り巻く状況
今日では、個々人の多様なニーズに対応したキャリア支援の必要性が高まっています。職業や進路について、仕事を選んだり、転職したり、スキルアップをするにあたり、国内にとどまらない多種多様な選択肢が溢れていて、社会や技術の進歩に応じた新しい働き方の選択肢も日々生まれています。また、個人の目標や目的、キャリアに関連した学習や仕事の履歴、興味なども、社会状況の変化や、インターネットなどを通じて取得可能な世界中の情報や知識に応じて、多種多様になってきました。さらに、キャリアの選択は、たんに職業や職種の選択だけでなく、個人の生き方や人生にも関わる重要な選択です。
このような状況において、異なる分野において多様な学術的な研究が行われるとともに、公的機関や民間企業からキャリアの開発や設計を支援するサービスが提供されるようになっています。たとえば、教育学、経営学、文化学、社会学、心理学などの分野において、キャリアデザイン、キャリアカウンセリングなどについて研究が進められています[4,5]。独立行政法人労働政策研究・研修機構のキャリアマトリックスにおいて提供されている職業検索や適職探索ナビ、株式会社リクルートの提供する学生の就職活動を支援するリクナビ、社会人の転職を支援するリクナビネクストなど、数多くのサービスが提供されている。国外ではLinkedIn(図1)というサービスが注目を集めており、仕事やキャリアに関して、個人を中心としたソーシャルな関係を効果的に構築、管理するための情報基盤を提供しています(現在は英語版のみ提供されていますが、デジタルガレージ社より日本語版の提供が予定されています)。
個人のキャリアを効果的にサポートする3つのポイント
ここで、個人のキャリア開発支援をする際に重要なポイントが3つあります。(1)多様な知識情報源へ横断的、統合的にアクセス可能であること、(2)それらの知識情報源を専門的な知識や学術的な理論に基づいて高度に分析可能であること、(3)履歴や目標、興味といった個人のキャリア情報との関連において有益である情報を特定し、提供することです。
しかし、これら3つのポイントは、個人のキャリアをサポートする際に、必ずしも実現されているわけではありません。これまでの研究成果やサービスがそれぞれ個別に展開していることや、すべての情報源に精通し専門的な知見も有する専門家が存在しないことなどが理由です。個人が、さまざまな知識情報源を書籍やインターネットなどから個別に収集し、個人の限られた経験と知識を用いて、キャリアのための意思決定をしているのが現状です。優れた経験や知見を持った専門家と知り合って相談することも、よほどの幸運に恵まれないかぎりはできません。
人ができないこと、コンピュータができること
上記のような背景から、筆者らは、個人のキャリア開発支援を対象として職業や教育に関連したデータベースを連結、分析する情報システムを実現しようと考えました。このシステム上では、大学などの教育機関における講義やAmazonなどに代表される本のデータベース、職種や求人などに関する職業データベース、さらに、履歴や目標、興味といった個人のキャリアに関連する情報の関係を、個人のキャリアに関する目的や状況(コンテクスト)に応じて分析することができるようになります。研究の領域としては、ぼくの専門であるデータベース(コンピュータ科学)のみならず、キャリア開発、キャリアデザイン、カリキュラムデザインといった異分野横断的な新しい研究領域ということができます。
このように複数の異なる分野のデータベースを統合して、ひとつのデータベースのように利用可能にするシステムのことを「マルチデータベース」といいます。また、データベースの検索結果をたんに羅列するだけでなく、専門的な知識によって評価してから需要な結果だけを出力するデータベースのことを「知識ベースシステム」といいます。
書籍やインターネットなどを通じてさまざまな知識や情報をひとりで収集するのには限界があります。また、これらの知識情報源から自分自身にとって有益なもののみを選択するのに、個人のかぎられた経験や知識は十分とはいえません。
しかし、コンピュータとネットワークを用いれば、関連するたくさんのデータベースをひとつのデータベースのように統合的に利用したり、プログラムを用いてひとりでは記憶しきれない量の専門データを用いて判断したり、蓄積しておいた自分の履歴などの情報と照らし合わせて有益と思われる情報のみを収集することができます。情報収集の範囲の広さや速度、収集した情報の蓄積可能な量などの面では、人は機械にはかないません。ひとりの人間にはできないことでも、コンピュータを用いることでできることがあります。コンピュータが得意な分野はコンピュータに任せることで、リスクを負った判断をしてチャンスを獲得していったり、実際に人生を切り開いて世界を変えていく醍醐味を味わったりといった、よりリアルでクリエイティブな部分に特化することができます。
この研究の学術的な特色・独創的な点は、次の3点に集約されます。(1)教育、職業といった異分野情報源間の関係の数値計算による定量的な計量、分析を可能とする点、(2)既存のデータベース群を活かして相互に連携することでデータベースの構築および更新のコストを最小限にすることを可能にする点、(3)意味的に異なるデータベース間を専門的な知識に関するデータを用いて分析、連携することでキャリアに関する知識発見のサポートを可能にする点、です。
参考文献
- [1] Takahashi, Y.: “A Meta-Level Knowledge Base System for Connecting Educational and Occupational Databases with Semantic Transportation”, Keio University, Ph. D. Dissertation (2009).
- [2] Takahashi, Y. and Kiyoki, Y.:“A Meta-Level Knowledge Base System for Discovering Personal Career Opportunities by Connecting and Analyzing Occupational and Educational Databases”, Information Modeling and Knowledge Bases (IOS Press), Vol. XX, pp.270–289, 2009.
- [3] 高橋雄介, 清木康:“異種の職業情報と教育情報を連結するメタレベルデータベースシステムの構成方式”, 日本データベース学会論文誌, Vol.5 No.4, pp.29–32, 2007.
- [4] 金井壽宏(2002)『働くひとのためのキャリア・デザイン』 PHP研究所.
- [5] 大久保幸夫(2006)『キャリアデザイン入門〈1〉基礎力編』日本経済新聞社.