清水弘文堂書房マーク 清水弘文堂書房 SHIMIZU KOBUNDO


海を渡り、陸をゆく

2010年10月2日

2010年8月14日 イフェからイバダンにつづくバイパスにて

発車するやいなや、乗客全員が大声で祈った。
「神よ、どうかわれわれを無事に目的地へ連れて行きたまえ」

メーターの針は、時速90キロと110キロを行ったり来たり。風でおくれ毛が頬にあたって痛む。エンジンの上に座る太ももの裏は汗でぐっしょり。運転手がギアチェンジするたびに、シフトレバーと彼の右腕がわたしの左膝をつつく。走行距離は25万9027キロメートルを越えていく。

解体されてコンテナに納められ、日本の港を出発する中古車。このマツダのボンゴも、そうやって海を渡り9jaにやってきた。どれほどの景色を見ながら、あとどれくらいの命をまっとうしようとしているのか。

ぬかるみのわだちをたよりに、渋滞を抜けだす。隣を走る車をかわしながら、アスファルトに開いた穴を次つぎとよけていく。ナイジェリアでは、不良車両や過積載による交通事故があまりに多い。道が悪いなかスピードをだし、遠路を行く長距離バスならなおさらだ。

身体は、揺れる車体に委ねられた。車を走らせるさくらんぼ柄のシャツから伸びた両手は、命のハンドルを握っている。

Photo
イフェからラゴスへ向かう乗り合い長距離バスのなか。運転手と並んで2人、後部に12人の乗客と乗務員1人を乗せている。シフトレバーを挟んで運転席のすぐ隣、エンジンの真上にある席に座り、ふるえる手でシャッターを切った。
2010年8月14日 イフェからイバダンにつづくバイパスにて

(毎週土曜日更新)