海を渡り、陸をゆく
2010年10月2日
発車するやいなや、乗客全員が大声で祈った。
「神よ、どうかわれわれを無事に目的地へ連れて行きたまえ」
メーターの針は、時速90キロと110キロを行ったり来たり。風でおくれ毛が頬にあたって痛む。エンジンの上に座る太ももの裏は汗でぐっしょり。運転手がギアチェンジするたびに、シフトレバーと彼の右腕がわたしの左膝をつつく。走行距離は25万9027キロメートルを越えていく。
解体されてコンテナに納められ、日本の港を出発する中古車。このマツダのボンゴも、そうやって海を渡り9jaにやってきた。どれほどの景色を見ながら、あとどれくらいの命をまっとうしようとしているのか。
ぬかるみのわだちをたよりに、渋滞を抜けだす。隣を走る車をかわしながら、アスファルトに開いた穴を次つぎとよけていく。ナイジェリアでは、不良車両や過積載による交通事故があまりに多い。道が悪いなかスピードをだし、遠路を行く長距離バスならなおさらだ。
身体は、揺れる車体に委ねられた。車を走らせるさくらんぼ柄のシャツから伸びた両手は、命のハンドルを握っている。
(毎週土曜日更新)