帰り道
2010年11月20日
疲れているのに、お腹がすいているのに、トイレをがまんしているのに、家路は遠かった。バスに乗りこめば、隣前後の人たちとの「ふれあい」がまたはじまる。その日の汗と砂ぼこりが染みついた体を、たがいにくっつけて座る。いつもの渋滞や運転手の荒い運転に、みんなが野次やジョークを飛ばす。
バスを降り、目と手で合図して車とバイクを止めながら通りを渡り、市場へ。電気のない家に冷蔵庫は存在しないから、生ものは毎日買いに行く。おやつと夕飯の材料を買いそろえたら、そこから下宿まで300メートル。「おかえり」「おつかれさま」「どこから帰ってきたの?」――際限なく語りかけられることば。挨拶通りとでも呼ぼうか。9jaにひとりの帰り道などなかった。
決まっていつもの道を自転車で走り抜けて帰る、日本の暮らし。誰とも話さないし、目も合わさない。その必要がないから。小腹がすいて、コンビニでチョコレートを買う。レジ打ちの人の顔は思い出せない。信号待ちで人や車が視界に入るけれど、ひとり考えごとをしながら、ただ青信号を待っている。
便利が欲しい、わずらわしさはいらない。そう求めてここまで来たわたしたち日本人は、この先どこへ向かうのか。ふっと振りかえったときに、帰り道はもうない。どこかへ、帰れないものだろうか。
(毎週土曜日更新)