メリーはどこへ?
2011年7月2日
下宿と隣の家との境に、おとなの胸ほどの高さの塀がある。塀のこちら側の井戸で水を汲んでいると、塀の向こうから視線を感じた。隣の家の階段から若い女の子がわたしをじっと見ている。おはよう、と言っても返事がなく、彼女は少しだけほほえんで階段を駆け上がり家のなかに入っていった。翌日、彼女が隣の家にあたらしくやって来た家政婦であることを知った。
掃除、洗濯、買い物、料理、乳幼児の世話など、住みこみで家事を仕事とする女性たち。中流階級以上の家庭、なかでもとくに共働きの夫婦や老夫婦が彼女たちを雇う。仕事内容は日本の家政婦とほとんど変わらないのだが、9jaの彼女たちの多くは10代後半から20代前半の若い女性だ。貧しい家庭の親たちは、「家政婦あっせん事務所」に娘たちを登録する。そして彼女たちは、事務所のスタッフに言われるがままに、見知らぬ土地のどこかの家庭へ送られる。
トーゴで育ったメリーは、英語もヨルバ語もほとんどわからない。そのせいか、仕事も遅かった。隣の家の老夫婦は、1か月もたたないうちに彼女に見切りをつけた。日曜日の夕方、塀のこちら側で下宿のみんなと写真を撮ってふざけ合っていたとき、ふり向くと、塀の向こうの階段の上からメリーがこちらを見ていた。カメラを向けると、夕日のスポットライトを浴びてポーズをとったメリー。彼女が翌日いなくなるとも知らずに、陽気にシャッターを切った。
「メリー、メリー!」
1日何度も聞こえていた老夫婦の声は消えた。メリーはいま、どこへ向かっているのだろう。
(毎週土曜日更新)