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一人企業とはなにか

2010年6月30日

常に人がいる

今回は、『一人企業』のコンセプトについて綴っていきたいと思います。

『一人企業』というのは、筆者がこれまでに行ってきた研究活動の概要を表した言葉であり、同時に、筆者らが現在開発を進めている情報基盤サービスのコンセプトでもあります。いってみれば、これは、私のライフワークを一言で表したキーワードともいうことができます。

筆者の大学在籍時よりの研究テーマの中心は常に「人」であり、個人の学び方や働き方、さらに、生き方をコンピュータサイエンスの立場からどのようにサポートできるのかということについて探求してきました。そんなかで、一人企業という言葉を耳にしたときに、私のそれまでの研究テーマを社会的に実現していく際に、非常にわかりやすく概念を端的に表したキーワードになると確信しました。

人と人がつながる

一人企業とは、個人が社会において企業体のように振る舞いながら活躍できる社会基盤と、そこで活躍する個人を表した造語です。個人がソーシャルな(つまりインターネットを介してオープンにつながっており、ほかのユーザとのあいだで、リアルタイムでのコミュニケーションやコラボレーションが可能な)情報基盤を駆使しながら、世界中に散らばっている個人の専門家間のネットワークを最大限に活用して、新しいものを産み出したり、課題を解決したりしながら、世界を変えていく社会のあり方を示しています。そこで活躍する各個人(一人企業)は、新しい社会情報基盤を活かしながら、これまでの社会システムのなかではできなかった働き方をします。

これまでのように、安定した雇用を志向し、フリーターという言葉を消極的な意味で用いるのとは対照的に、一人企業は個人や企業が目的やスキル、知識や経験といった専門性を持って主体的に社会と関わっていくような積極的な意味を持ちます(1982年に「フリーター」という言葉が登場したとき、当時フロム・エーの編集長をしていた道下裕史氏はこの言葉を提唱するにあたり、プータローに代わる積極的な言葉として、「フリーランスで自由に動けるアルバイター」という意味で名付けられています)。

世のなかを変える仕組みづくり

一人企業は、たんに個人としての働き方やその環境に新しいあり方をもたらすだけでなく、社会的な構造や国家のあり方さえも変革していく可能性を秘めています。今日、インターネットという情報基盤が整備され、ビジネスやプライベートにおける社会的な関係を、国際的に築いたり、維持したりしやすくなってきました。ローカルな社会関係が重要である一方で、地域的で物理的な制約を越えて、同様の目的を持った個人がひとつのプロジェクトを共同で実施するような例も増えてきました。社会経済学者で筆者の恩師のひとりでもある金子郁容氏は、 著書の『コミュニティ・ソリューション – ボランタリーな問題解決にむけて』のなかで、社会的な情報基盤がもたらした新しいコミュニティのあり方を、地域的な制約のあるローカルコミュニティに対して「テーマコミュニティ」と呼んでいます。

このような社会的、国際的な変化のなかで、個人がそのスキルや知識、経験やネットワークを最大限に活かしながら、活躍していけるような社会的な基盤の整備が重要な課題であると考えています。

清水弘文堂書房もはやくから一人企業のコンセプトを体現してきた企業です。ヘッドクオーターである編集室を小さくし、世界中の専門家のネットワークで、原稿の執筆から編集、出版までを手がけてきています。

Individual = Company, Individual > Company

一人企業は、英語ではIndividual Companyと表現します。One-man Companyではありません。(ひとりまたは複数の)個人や法人が主体となって構成する個別の一人企業が、地域や言語、文化の壁を超えて、互いに協調しながら、ソーシャルストリーム(インターネットを介した社会的な関係)上でひとつの企業体のような柔軟な組織を構成して、ひとつのプロジェクトを遂行することで、課題解決を目指します。このように、組織中心でなく、主体的で責任遂行能力のある個人(Individual)が、共通の目的や課題の解決を目指す仲間(Company)とともに、既存の概念でいうところの企業体(Company)のように、しかし、より柔軟に振舞うという意味で、一人企業という名称を用いています。

国際的には、フランスにおける一人有限会社、ウズベキスタンにおける一人企業などがありますが、ここでの一人企業はこれらとは別のものです。日本国内には(私の知るかぎり)同様の制度はありません。

一人企業の定義

関連した考え方として、佐々木俊尚さんが著書『仕事するのにオフィスはいらない』のなかで紹介されている「ノマドワーキング」という概念があります。ノマドとは、もともと「遊牧民」といった意味の言葉ですが、ここでは、正規雇用が消滅していき、すべての人びとが契約社員やフリーランスとなっていく社会を、スマートフォンと多様なクラウドコンピューティング環境を駆使して乗り切っていく手法を提唱されています。

また、経営学者の清家彰敏氏は、その著書である『進化型組織』のなかで、企業における付加価値生産過程の主要かつ決定的な機能が個人によって継続的に担われるあり方を支援する企業組織を一人企業と呼んでいます(注:「一人企業」という言葉は、アーティストで映像作家の長谷川章氏に教えていただいたものであり、清家氏も長谷川氏からご紹介頂きました。清家氏は、長谷川氏のことを「一人企業」の実践者として著書のなかで紹介しています)。

さらに、前述の道下氏は、著書『エグゼクティブフリーター』のなかで、組織に所属せず、フリーな立場で、好きなことを仕事にする、実行力のある実践的な個人を、より積極的な意味で「エグゼクティブフリーター」と呼んでいます。

一人企業は、こうした概念を個人レベルでサポートする包括的な概念の定義と、そのための社会情報基盤の構築を目指していきます。

このブログでは、一人企業というコンセプトについて、研究(科学・技術)とその実践(社会実装)について紹介していきます。また、一人企業としての働き方、生き方をサポートするような新しいツールなどの関連したトピックの紹介も織り交ぜていきます。

高橋雄介