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第16回 代理絵描人

2010年9月19日

ラモンの宿題の絵を描くアビ。ドミニカ共和国、バニにて
写真: ラモンの宿題の絵を描くアビ。ドミニカ共和国、バニにて

宿題はまかせた

学校から帰ってきたラモン(中学2年生)が画用紙を手に頭をかかえている。理科の宿題であたえられた課題は、生物の絵を描いてくること。勉強と名のつくものがことごとく苦手なラモンである。私にタコの絵を描いてくれと頼んだのはいいが、その絵のあまりの稚拙さに「やっぱりいいよ」と、顔には失望の色がありありと浮かんでいる。
どうやってこの難関を突破するのだろう? 向かった先は、友だちのジェウディのところ。1歳年下だが、留年したラモンとは同じクラスだ。彼も画用紙を前にして呻吟中である。ふたりがだした結論は、「多少の出費をともなうがアビに描いてもらうしかない」。

22歳のアビは、父親と姉と3人で暮らしている。それまで話したことはなかったが、いつも同年代の友だちとつるまずに、年下の少年たちとポーカーをしている姿が印象に残っていた。ラモンたちと訪ねた私が日本人と知るや、「核兵器が世界で初めて使用されたのは広島の原爆だ」とか「新幹線は時速が200キロ以上もでるんだ」などとラモンたちに話して聞かせるのだ。それ以降も街角でアビを見かけると、どこから仕入れてくるのか、世界の時事ニュースや科学技術の話題を近所の少年相手に話しているのにでくわすことになる。

アビのスケッチ

ラモンとジェウディが来訪の目的を告げる。以前にも同じようなことがあったらしく、慣れた手つきで家の奥からスケッチブックを持ってきて、これまでに描いた絵を見せてくれた。世界地図を大陸別に色分けしたもの、マンゴーやヤシなどの果実の絵、自動車やオートバイ……。なるほど、いずれも学校の宿題で描かされそうなものばかり。驚いたことにそれらは、いずれも、うまく特徴をとらえ、簡潔かつ明瞭に描かれているのだ。

タコやチョウ、ミミズにトカゲといった生きものたちが画用紙を埋めつくした。この完全なる仕事に対して、ラモンが払った代償は50ペソ(約150円)。3日ほどは間食を我慢することになったが、それに値する絵だと私は思った。

後日談。「あまりにも上手すぎたから、人に描いてもらったことがばれて先生に怒られた」とのこと。まあ、まあ、そう言わずに。お前もアビの絵は気にいっていたんだし。「でも、これでまた留年にでもなったら……」。ラモンの苦悩はつづくのである。